SUNNY FISH/BODY TUNE所属
大河内 智未
【東京都選手権 兼 関東選手権代替大会報告書】
大会名: 東京都トライアスロン選手権 兼 関東選手権
日時: 2007年7月29日(日)
場所: 渡良瀬遊水地(埼玉)
距離: S1.5km/B40km/R10km / ドラフティング可
気象: 曇りときどき雨
記録: 2時間11分40秒
S.21分24秒 B.1時間08分22秒 R.41分54秒
成績 女子エリートの部 9位
使用機材 バイクフレーム CYCLEUROPE(Bianchi FG LITE)
コンポーネンツ S-BIT(DURA-ACE)
タイヤ panaracer(Extream VALIANT2 700×23c)
ウェア arena
シューズ SAUCONY(Grid Fastwitch Speed2)
今大会は6月10日に行われた関東選手権が雷雨のため、途中中止となり、その代替レースも兼ねた大会となった。また、日本選手権の出場権を賭けた予選会であり、まだ出場権を獲得していなかった私にとってはとても重要なレースとなった。
腰の故障から3ヶ月、レース一週間前からやっと3種目のトレーニングに復帰できた状態で臨んだ今大会は、大きな不安を抱えてではあったが、何としても日本選手権への権利を得る、その為への出場となった。
8 時40分女子の部スタート、スイムは直線の折り返し(750m)を右回り2周回の単純なコース。スタートはバトルを避けるため一番左端を選んだ。スタートダッシュが上手く決まり余裕を持って先頭に飛び出す。1周目のブイをトップで回り、その後少しペースを落とし3人の集団を作って2周目へ。本来ならスイムで一人逃げと行きたいところだったが、体力への不安から冷静にレースを運ぶことに徹した。案の定、後半になり一気に体の動きが悪くなり、情けないながら1500mがこんなに長いものだったかと思ってしまう自分がいた。
そのままスイムを3人で上がり、バイクパートへ。バイクは全6周回。出だしの斉藤選手の飛び出しに反応できず、一緒に上がった学生の川崎選手と2人での追走が始まった。だが、自分の力不足でスピードが上がらず、2周目に後ろから単独で追ってきた宮浦選手が合流、そこで一度勢いを取り戻したが斉藤選手との差は縮まらず、逆に3周目で更に後ろから追ってきた八代選手が合流、それとほぼ同時に大集団に吸収される形となった。女子レースには珍しく集団は10人強のとても大きな集団となったが、思った以上にスピードが上がらず、また自身でも残念ながらアクションを起こすことができずその後の周回を重ねた。結局流れのままに斉藤選手の1人逃げを止められずにランへ移った。
ランコースは5kmを2周回。今大会に出場するに当たり一番不安のあったランパート。出だし1kmで身体が慣れ6km地点までは足の運びがスムーズにいき、4・5位をキープ。しかし、2周目の折り返し地点を過ぎたあたりで、体幹の維持が非常に困難な状態となり足の運びが一気に重くなった。膝が割れているのが自分でも分かっているがコントロールできない。一人また一人と交わされて行くのが非常に悔しかったが、残り4kmはとにかく前へ、少しでも前へと自分の中で唱えながら走った。周りからたくさんの声援を受け、情けない姿でごめんなさい。っと胸が苦しくなったが、絶対日本選手権では復活するから!っと誓いゴールまで足を運んだ。優勝はそのまま逃げ切った斉藤選手。6位に同チームの八代選手が入り、自分は9位となった。無事完走。無事日本選手権の出場権を獲得。今大会出場の目的は果たすことができた。
この3ヶ月間、自分の身体の状態と向き合い、真実と実情を受け止め、リハビリに取り組んできた。地道で華やかでないトレーニングが、動けるようになった今、どれだけ大事で意味のあるものだったかが分かる。
「怪我をした分だけ強くなる」と言う言葉が本当でもたとえそうでなくても、今はその言葉を信じ日本選手権まで残り2ヶ月半を大事に過ごしたいと思う。
本番は日本選手権!!
最後にこの場を借りて、いつも応援・支援をして下さっている皆様。
この3ヶ月、篭ったまま連絡もままならず本当に申し訳ございませんでした。フィリピンのレース後からの腰の故障(腰椎のヘルニア・狭窄症)で一時は競技生活に支障をきたしましたが、リハビリの効果が出始め、競技を再開することができました。その第一戦目となった今大会では、まだまだ本来の動きは取り戻せませんでしたが、無事次への切符だけは手にすることができました。今年予定していたレースにほとんど出場することができず非常に残念ではありますが、大舞台の日本選手権には戻ってくることができました。残り2ヶ月半、更に集中して取り組んでいきますので、どうか、どうか変わらぬ応援の程、宜しくお願い致します!!
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